タバコを辞めてみたら正気でいる時間が長くなって気が狂いそう

本日お届けするのは、メンヘラ30代限界男性のポエムです。というかいつもそうです。

 

 

 

 

10年吸っていたタバコをやめた

20歳ピッタリぐらいから吸い出して10年間、1日10本程度吸っていたタバコをやめた。

やめたとはいっても吸うのを辞めて1週間ぐらいだけど、かなり急に吸うのをやめて、そのあとも吸っていないし吸う気にもなっていないのでマジで成功した可能性がある。

「なぜやめたのか」「どうやってやめたのか」も本筋と関係ないが、一応触れる。というかポエムだから書く。

  • なぜやめたのか
    • 転職して入った新しい職場の喫煙所が遠かったからやめた。離席長すぎるとさすがによくないかなと思って。
  • どうやってやめたのか
    • 家で急に思いついたから、IQOSの機械とストックのタバコをすべてゴミ箱に捨てた。それで解決した。
    • 新職場で吸いたくないという動機が効いている感じがするが、それ以外の時間も全然吸わなくなったからびっくりだ。

 

1日を正気で過ごす時間が増えた

というわけでタバコ休憩のない毎日が始まった、、、のだけど、タバコがないと日中ずっと正気で暮らさないといけない。現状これにだいぶ参っている。

いままでは判断にストレスがかかること、気持ちの切り替えが必要なこと、整理が必要なことがあるとタバコを吸いながら/吸ったあとに考えていた。なぜかと言うとタバコを吸っているとストレスが緩和できるから。タバコを吸うと頭がクラっとするのだが、クラっとするおかげで嫌なことを半分忘れつつ判断ができる。

タバコを吸うことで正気を失っていたのだ。とどのつまり僕はストレスのかかるお題に対して正気で向き合ったことがないのである。

「タバコでストレスが緩和できるというのは迷信」という向きもあるかもしれないが、自分がそうだったのだからしょうがない。実際気持ちの切り替えができなくなった。気持ちの切り替えってなんだ。

とにかく、1日中変化なく、ずっとPCの前に向かっている。嫌なことや難しいことが起きても、ずっと座りっぱなしで考え込んでいる。

ストレッサーに平常心で向き合わないといけなくなったと考えると、だいぶ恐ろしいことである。自分はストレスに対して常にタバコとトゥゲザーして立ち向かっていたのだ。マジか。でも、よく考えると僕のストレス史はタバコの歴史でもあるので、マジでそういう因果関係だった可能性がある。

 

酔えなくなったのも非常に困ったポイントである。(酔えなくなって困った?)

帰宅するとタバコを吸いながら晩酌する癖があったのだが、タバコを吸わずに酒を飲んでいると全然酔えない。マジで酔えない。今なら鹿児島の人と焼酎飲み比べしても負ける自信がない。酔えない。

  1. 酔えなくなると暇になる。
  2. 暇になると考えごとをしてしまう。
  3. 暇な時に考えるようなことはロクなことではない。
  4. 勝手に考えごとをして勝手に自滅してしまう。

 

という感じで考えごとが山積していく恐怖。

 

 

狂った

正気でいると、いろんなことを考えてしまう。

家族のことや仕事のこと、将来のこと、最近支払ったか曖昧なお金のこと、役所の手続きのこと。考えれば考えるほどおっかなびっくりしてしまう性格なので、タバコより却って身体に悪い気すらする。

なので正直、狂った

 

人生が破滅しているわけでなくたって、人生の中で一部破滅している部分は人間誰しもあるわけなのだ。

破滅してるところも含めて、人生の全局面に正気で向き合うことは不可能だとも感じる。

それだけ本気で人生と向き合おうと思うならなおさらだ。

 

とはいえ正気の夜は長い。

しょうがないからタバコ分浮いたお金で本を買い、YouTube Premiumを契約して情報に溺れることにした。

そっちのほうが考えごとしなくていいから、気が楽。

的を得たイメージ画像

 

 

 

とにかくマニュアル的なものや教科書的な知識が好きなので、今は仕事にほぼ関係のないマスタリングTCP/IPなんかを読んで過ごしている。多分この調子だと来年は電気工事士とか取っている気がする。もう逆に狂ってきているのかもしれない。 

 

 

来週は魚食の人類史が届く。楽しみだけど知ってどうする。

 

 

 

ちなみに今週のお題「本屋さん」にかこつけて話させてもらうと、こういうちょっとしたニッチ古本買いたかったら奇跡の古書店「バリューブックス」さんがよいてす。

https://www.valuebooks.jp/

 

 



Webサイトが良くて、地味に生成AIで要約やオススメを文字とか音声で伝えてくれる。

小売系のサイトで生成AI一番活用されてる気すらする、、

 

 

 

open.spotify.com

流通空論を3週間で全話聞かせてもらった。個人的にドムドムバーガーが特に神回。

 

 


www.youtube.com

 

気づけばこのCMの人みたいになってきた。おタバコをやめよう。

 

 

 

Appendix.必要ならタバコでもなんでも使おう

ここまでブワーッとタバコを辞めた話書いてきたが、自分としてはタバコを辞めることでむしろ不都合を覚えるぐらいなら、吸って前に進もう派。

それが別に仕事じゃなくても、依存するものがないと生きていけない的な仄暗い理由でも。

次タバコを吸うときは、もっと大事なモノのためにタバコを吸っている自分だといい。

最近食らったパンチラインを集めたら、ポジティブな考えと言葉にあふれていた

ここから先やることは、きっと日本人の10%も体験したことないことの積み重ねだ

最近になって急にこのモチベーションで生き始めた。

レールの上に乗ることが長く多い人生だったけど、休みの日にぼーっと本を読んだり、電車に乗ってるときにポッドキャストを聞いてみたり、ちょっとがんばって長めにランニングをしてみたりするときによく思う。

音楽だとか創作だとかの表現活動に縁がなく、どちらかというと消費者側でいることがほとんどなのがちょっとしたコンプレックスだったのだけど、読んだ本の一つひとつはよっぽどポピュラーなものでない限り10人に1人も読んでないし、ランニングにしたって20kmも生涯の中で走る人は半分もいないはず、と思う。

そんな気持ちになると余裕が出てきて、最近はより消費活動も激しくなってきてる。

ということを考えてせっかくなのでパンチラインだな~」と最近思ったものを集めてたら、思考のポジティブさを感じるモノがだいぶ多かったので記録しておく。

なんだかんだで自分はポジティブなものが好きなんだなと気付いた。面白いな俺という人間。というか10%が云々言ってる時点で最近だいぶポジティブかもしれない。

 

 

最近の頭に響いたパンチラインたち

「やはり日本人には、誰にでもやさしく、みんながついてこられるような物事の進め方が合っている。」

SFCで日本のインターネット基盤づくりを90年代の黎明期から進めまくっておられた村井純さん(初知りで大変失礼しました、、)が日本のインターネットのなりたちを書いた本での一節。

5G回線の導入が日本は他国に比べて遅めであることや、IT後進国と呼ばれていることに言及している流れで出てきた。

「遅れてる」「慎重すぎる」ではなく、「全員を置いていかない」「品質に対する責任感も強い」という切り口で特性を理解しているところはなるほどと思わされた。

周回遅れの先頭ランナーが日本の持ち味」という言い回しも他の章で出てきて、良し悪しではなくそういう特性として認識して、そこにいる人達らしい成果の最大化の仕方を考えるのが遠回りのように見えて近道なのだなと理解できた。

 

シニアの「若返り」に着目し、2040年の時点で65~79歳のシニアが5歳若返ると仮定した場合の「マイナス5歳」のインパクトが、シニア関連市場に対しどの程度生じるかの定量化を試みた 

https://www.mizuhobank.co.jp/corporate/industry/pdf/msif_241.pdf

※リサーチレポートの一節を切り出してパンチライン呼ばわりしてるのはほんとにお行儀悪くてすみませんただ心からすげえと思ってます

 

さっきの本を読んで、「課題先進国ニッポン的な論説って意外と面白いかもな~」と思ってたときに流れて来たリサーチのサマリの一文。

シニアの人口が増える→シニアの健康寿命が伸びてる→シニアが働けるし趣味嗜好も若返ってる→若返るなら経済へのインパクトすごくね!!??
というロジックでなされたリサーチ。

こういう表現が適切か微妙だけど問の立て方がめちゃめちゃポジティブでいいなとなった。高齢化も含めて何かが変わるってことは、何かのポジティブな変化の予兆だと感じ取れるなと思うなど。株買ってる人とかってこういう「風が吹けば桶屋が儲かる」的な肌感が強い人が勝ち残るんだろうなと。あんまり詳しくないんだけど。

 

3年かけて考えてきたやつを「1ヶ月で3つ考えてきました」って。「嘘でしょ?」って思ってたら本当に考えてきてたんです。

 

open.spotify.com

特許に引っかかりそうになったんです、3年ぐらいかけてやったやつが。で、これ特許切り抜けるのかって言うのを法務の人と議論していると、一ヶ月後の定例ミーティングで「違う特許構造を3つ考えつきました!」って(言ってきて)。で、3年かけて考えてきたやつを1ヶ月で3つ考えてきましたって嘘でしょ?って思ってたら本当に考えてきてたんです。

やっぱりそういうのって顧客に何かを実現したいって思うと、人の創造性って広がるし、あと協力してくれる人が増えてきますよね。

※素人書き起こしです

KOKUYOの社長さんが社風について語る回。新商品を出そうといざPjtを進めてたら特許の壁にぶち当たって。でも法務の人が別の特許構造を3パターン出して来たらしい。新商品の特許を3パターンだぜ確かにすごい。

法務スゲェ。結束した人間スゲェ。人間スゲェ。

頑張ってイイものを作ろうとしてるときのPjtの空気って、確かに周囲の人たちのパフォーマンスもどんどんよくなっていくよな、いつも出てないチカラが出るというか。

 

 

workstyle.kokuyo.co.jp

話に出てたingという椅子。めちゃクリエイティブだなたしかに

 

 

こういう観点の発見、自分もたくさんやっていきたいなー

鳥展にいってきた

鳥展に行ってきた。

正確には「特別展『鳥』」だそうである。

 

国立科学博物館では鳥にフォーカスした特別展は初めてだそうで、そのド直球なネーミングも頷ける。

 

 

入口は孔雀がお出迎え、トップバッターにふさわしい鳥選。
シマエナガが留まってるのがナイスすぎる。

 

 

出だしからこの面構えで、なぜ鳥は飛べるのか?を骨格や内臓の作りからわかりやすく教えてくれる。「そりゃ飛ぶ」となる。

 

 

  • 飛ぶけど鳥じゃないみなさん。
    • 言われて見ると同じサイズ感でも飛ぶことに対するアプローチが異なってて面白かった。
    • トビヘビの「S字になって飛ぶ」は最後までよくわからんかった。

 

 

  • 鳥の系統樹を見せてもらって本編へ。
    • ゲノム解析」が今回の目玉だったようで、印象付けられる一枚になった。
    • とはいえ博物館展示だと系統樹なんて頭に入れながら見れない、、、となってしまったのは脳の限界感ある

karapaia.com

最近爆発的に整理されたっぽい

 

 

  • 陸上のとりさんたち

    • ヒクイドリが最凶動物だということを同伴者との会話で初知りした
    • エミューと暮らしてるおねえさんやっぱすげえ
    • 生き物が人間よりデカいのってえも言われぬ迫力がある

 

  • 水辺の鳥代表のみなさま。
    • 居間に置いてあると絵になる佇まいだな
    • 和っぽいというか、平和な水辺のイメージがある

 

だいぶびっくりする造形をした一羽

 

 

ヤンキーの取り巻きっぽいなと思ったら木に擬態するための見た目らしい。ヤンキーは木だったのか

ハチドリはハバタキがマジで蜂みたいな頻度で衝撃を受けた。

空中でホバリングするために1秒に80回羽ばたくんだそうな

 

なかなかな体制で剥製にされる子もいた。

 

みんなだいすきペンギンも思ったよりたくさんの種類がいた。環境はだいたい同じようなもんだろうけど移動が少ないからバリエーションが出るんだろうか。

 

生まれのせいなのか水辺の鳥には一層心惹かれることがある。

 

ハシビロコウの佇まいには特にうっとりさせられた。魚を食べるから嘴がデカい皆様。

 

解説文読み返すと木の葉を食べるやつが猛禽類の近縁種っていみわからんな

 

 

  • キツツキは森のエンジニアだそう。
    • キツツキが掘った巣に他の生き物が来てそこにくっついた虫が更に、、、というのは自然のメカニズムを感じた

 

男児猛禽類に弱い①

 

男児猛禽類に弱い②

 

「適応放散」って名前だけでもうかっこい

 

 

  • 渡り鳥の主要な経路 フライウェイ
    • これを踏まえて調査や保護活動をするから渡り鳥の保全には国際的な協力が不可欠らしい
    • こういう、日頃誰も意識しないけど密かに確立されてるルートが存在するのアツい 

 

展示内でキレッキレだったぬまがさワタリさんの新刊と図録をミッチリ買いましたとさ。

 

20代を終え、10年ぶりに座右の銘を変更しました。

誰が気にするねん、という話ですが。

私Chicolitable、座右の銘を変更しましたのでお知らせ致します。

 

 

どう変えるのか

旧:2014~2024(21~31歳)

Do not go gentle into that good night

訳:穏やかな夜に身を任せるな
参考:
『インターステラー』より|『穏やかな夜に身を任せるな』原文と和訳/当詩が使用された真意を探る|天沢まもる

 

新:2025~(31歳~)

怒るな働け

参考:
学校法人 嘉悦学園

 

上記のように新しく座右の銘怒るな働けに設定しました。

 

なぜ変えるのか

  • 怒りのエネルギーを始めとする感情のチカラは素晴らしい。自分の原動力。
  • ただし、怒りのエネルギーをそのまま怒りのエネルギーとして発露するのはちょっと効率悪い。
  • よって明示的に怒りのエネルギーを「働」くことに集中させることにします。

 

20代はずっと、怒っていた。

怒りでないとどうにもできない人と、肯定

個人的に最も好きな映画であるクリストファー・ノーランの「インターステラー」を劇場に見に行ったのは、2014年の暮れ。

その頃の私は21歳、一浪したから大学2年生の頃。それはそれはもういろんな物事に怒り倒していた時期だったと記憶しています。

実家から通える範囲に予備校もないような田舎から出ていって、予備校で寮生活をしたあと、地方都市の大学に進学しました。その頃出会っていたあらゆる人に怒っていました。

 

勉強にイマイチ本気にならない同級生や、意見の合わないサークルの同僚。今思えば別になんでもないが、理不尽に振る舞って来たバイト先の社員の人。初めてお世話になる警察官。地域の人。実家を出ると態度が変わり、考え方がどんどん古く感じられる両親。当時の言葉で言うならメンヘラ気味の恋人。エトセトラ、エトセトラ。

社会科学系の勉強にのめり込んでいた私は、人が悪い・社会が悪い・世の中が悪い・自分以外すべて間違っている!と言わんばかりにそれっぽい理論を振り回して噛みついていました。これは別に怒りを表すためのロックをやっていたとか、学生運動をしているとかではなく、ただただ日々の交流の中で、敵対して当たりっぱなしでした。

 

そんな自分のことはもちろん好きではなかったし、嫌いでした。でも何なら周囲の人や物事、社会の仕組みはもっと嫌いで、でも分かり合うとか解決することもできなくて、拒否反応の一貫として怒っていたと思います。

当時の自分からすると、親元を離れて初めて接する「他人」「社会」というものに対して、それしか接する術を持たなかったのだと思います。今思うとそれでも疲れずに数年ずっとやってたんだからすごい。

 

そんな頃に21歳で観た「インターステラー」で、「Do not go gentle into that good night」という言葉に出会いました。

この一文というよりはこの一文に続く、ディラン・トマスの有名な詩の文言が当時の私にはバイブルでした。

Do not go gentle into that good night,
(穏やかな夜に身を任せるな。)

Old age should burn and rave at close of day;
(老いたならば、暮れゆく日に燃え上がり、怒るべきだ。)

Rage, rage against the dying of the light.
(消えゆく光に向かって、怒れ、怒れ。)

Though wise men at their end know dark is right, Because their words had forked no lightning they Do not go gentle into that good night.
(最期を迎える賢者たちは、暗闇こそが正しいと知っている。彼らの言葉はまだ稲妻を発していないから、彼らは穏やかな夜に身を任せたりはしない。)

Good men, the last wave by, crying how bright Their frail deeds might have danced in a green bay, Rage, rage against the dying of the light.
(善人たちは、最後の波と共に、彼らの儚き偉業が緑なす湾でどれほど明るく躍動したかを嘆く。消えゆく光に向かって、怒れ、怒れ。)

Wild men who caught and sang the sun in flight, And learn, too late, they grieved it on its way, Do not go gentle into that good night.
(荒ぶる者たちは、逃げ行く太陽を捕まえ歌う。そして学ぶ、遅すぎたと、逃げ行く太陽に悲観するのだ。穏やかな夜に身を任せるな。)

Grave men, near death, who see with blinding sight Blind eyes could blaze like meteors and be gay, Rage, rage against the dying of the light.
(死に瀕した者たちは、目が見えずとも、その盲目の目は流星のように輝き、朗らかでいられる。消えゆく光に向かって、怒れ、怒れ。)

And you, my father, there on the sad height, Curse, bless, me now with your fierce tears, I pray.
(そしてあなた、悲しみの絶頂にいる私の父よ。私は祈る。あなたの激しい涙で、呪え、祝福しろ、と。)

Do not go gentle into that good night.
(穏やかな夜に身を任せるな。)

Rage, rage against the dying of the light.
(消えゆく光に向かって、怒れ、怒れ。)

引用:

『インターステラー』より|『穏やかな夜に身を任せるな』原文と和訳/当詩が使用された真意を探る|天沢まもる

 

現状維持を嫌い、流れに身を任せることをよしとしない。そして怒る。怒る。

怒りを原動力としていた当時の自分にとって、その態度を肯定してくれるこの詩は拠り所であり、行動指針でした。いつしか私はこの一文と、それに続く詩を座右の銘として生きてきたのです。

 

怒りは武器

そして就職、異動、コロナ突入などを通し、ある意味怒りを「武器」として20代をやってきました。

この仕組みが悪い。競合が憎い。上司に納得がいかない。これは他の人にない強烈なモチベーションであり、実は解決のための原動力だったのです。

怒りの気持ちをストレートにぶつけつつ、企画や仕組みとして改善策を発露することで、仕事も前に前に進めていきました。もはや他人の代わりに「怒ってやってる」と思う節すらあった。

でもストレートに問題を指摘し、言うだけでなくて行動でも示す自分のスタイルは、じゃじゃ馬扱いこそされど同じか、それ以上に称賛もされました。

また、称賛だけでなくアンガーマネジメント、レジリエンスの概念を教えてもらいながら、徐々に適切な場所で怒りの感情を使いこなせるようにトレーニングもしてくれた周囲の方々には感謝です。特に新卒から働いた職場の上司の方々には理解してもらい、ときにアドバイスをもらい、怒りのパワーと自分なりに適切に付き合えるようになったのは20代の自分の驚くべき進展だったと思います。

 

怒ることそれそのものはいいことか判断がしづらいところですが、私にとって怒りとは最も効率よく感情を表すための手段であり、またそれは多くの変化を自分内外に起こすための重要な触媒でもあったと思います。

死にゆく大地の水平線に人類の滅亡を重ね、それを精一杯拒否し続けることで大きな成功をもたらしたインターステラーの主人公たちと同じようにありたいと、昔も今も思い続けています。

 

 

30代、怒ってばかりも時間のムダだと思った。

そしてインターステラーの公開から10年経ち、怒りのパワーとともに30代を迎えた私が率直に思っていることは怒ってる暇があるならさっさとやれです。マジで身も蓋もない。笑

怒りを使って他者とコミュニケーションすることのムダ

スタンド使いが引かれ合うように、怒っている人同士も引かれ合います。

目指す家庭像にズレのある両親、キャリア観の異なる友人、職場に問題意識を持って取り組む人々など。

おかげさまで熱い20代を過ごせたと思います。怒っていることのコンセンサスが取れればそれは議論のゴングなので、たくさんのアイデアが生まれうまく行けば改善に繋がります。実際そのエネルギーでたくさんの物事が解決もしました。

しかし、それらを通して怒りが生むムダにもたくさん出くわしました。

怒る、というのは現代人にとっては並大抵のことではありません。なので怒っている人を見ると、周囲の人はびっくりします。びっくりした上で必要があれば怒りの根源や怒りの方向性を確認し、とにかく落ち着かせるのかそれとも解決すべき問題があるのか確認します。場合によっては飛び火して怒り出す人も出てきます。

私にとってこの、周囲の人が反応し、整理し、対応する作業をすることも、周囲の人に伝える作業も面倒に感じることが多かったのです。怒ることによって初めて分かることや、怒ることによってできるようになる(エネルギーが湧く)ことも多い。でも他人にとって怒りという感情は重すぎるので、受け止めや整理のプロセスを挟まないといけない。*1

自分でも怒り尽くす中で感じたし、何より他の人の怒りを受け止める中で客観視できました、、、笑

 

怒りを感じるほど嫌な出来事だとしても、背景に合理性が必ずある

そもそも怒りを感じる、というのは割と「自分でもどうしようもないけどどうにかしたい」ときに起きる事象だと考えています。

でもさあ、、、どうしようもないってことは自分のカウンターに100人どうしようもなくてそうしてる人がいるってことなんだよなあ、、、

原付乗ってたときに警察に意地悪な交通ルール取り締まりされてて結構イライラしてたんだけど、これ見てフッと落ち着いた。1つの理不尽(に感じる)の裏には100の理不尽(マジ)があるよなあという。

怒ってるとこの発見をするのに時間がかかります。怒りは主観だから。

なので、怒りで問題を見つけたとして、その背景にあるものを自覚するためには怒りを排除しないと次に行けないと思うようになりました。怒りはメインエンジンになりえるけれども、極めて主観的な行為だと思う。

 

怒るな働け

そんなふうに思っていくと同時に、10年前立てた座右の銘とは少しずつ離れていくことをうっすら感じてもいました。

怒りの肯定」は私にとって人生を推進してくれるよいファクターであったと同時に、人生をよりよくしていくためには怒りのパワーだけでも限界を感じてもいました。

そんなときに本当にたまたま、知人の出身大学について調べて出てきたのが「怒るな働け」という言葉です。

www.kaetsu.ac.jp

 

そうだった、怒りたいんじゃなくって変えたいんだった。そのために働きたいんだった。

この大学は女性に対する商業教育を旨として創設されている。

その中で下記のように述べてある。

「怒るな」は人間の和、さらには平和を、「働け」は人間社会に欠くことのできない財の生産を意味する世界観、人生観で、世界平和を窮極の目的とした一大金言

平和を大事にしつつ、財になるものを作っていく。

 

 

ということで、怒ることを経由しなくとも、こっちのほうがよっぽど効率いいなと思ったのでこちらを座右の銘としたいと思います。

怒るという、自己にフォーカスしたあり方から離れ、イイもの作っていこうという気持ちをストレートに込めました。

体現する難易度はとても上がったとは思いますが、たいへん気に入っています。

*2

 

 

 

 

奇しくも今週のお題「大人だから」に沿う形で20代を振り返り30代の新抱負を陳情するする形になりましたが、これからも何卒よろしくお願い致します。

今週のお題「大人だから」

 

 

余談:成長なのか老いなのか

20代になって建てた座右の銘を30代になって変えたのもあって、この変化をどう受け止めるかについても考えました。

怒りのエネルギーで突っ走ってきたのに、30代になって明示的に否定するのはシンプルに年食ってる人の発言じゃん?と。

 

結論「成長であって老いではない、なんなら気づくの遅いぐらい」という温度感でいます。20代でしっかり相手の立場に立って考えたり、外野のワーキャーいうの気にせずやってく人なんていっぱいいるので。長い中二病でした。

*1:稀に怒りをぶつけたときにノータイムで議論を始められるような胆力ある変態も存在しますが、他人や自分とその間柄にそれを期待するのは流石に違う感

*2:怒らず働いている人たちの個人的には象徴的なカットがシン・ゴジラにあったのですが、パッと出なかったので追って貼るかもしれない

「ウヨンウ弁護士は天才肌」がよかった

韓国ドラマに関しては、ぶっちゃけて言うとかなり食わず嫌いである。

わざわざ隣の国のやつ観るぐらいなら日本のドラマ観るくない?と思ってしまうので。

 

なので愛の不時着が流行ったときも梨泰院クラスが流行ったときも、冬のソナタが流行ったときもチャングムの誓いが流行ったときもまったくみようとしていなかったし、なんならちょっと意識的に遠ざけていた気もする。

髪型をパクセロイカットにしたことはある。

 

 

 

しかしながら初めて韓国ドラマを頭からしっぽまで全部観た。

ウヨンウ弁護士は天才肌」である。

 

 

簡単に言うと
「有名大学を首席卒業するぐらい天才な自閉症スペクトラムの主人公が、新米弁護士になってめっちゃがんばる」
というドラマなのだが、日頃少年ジャンプを隅から隅まで読むときや、大好きな古着を夢中になって目利きしているのと同じような熱量で楽しむことができた。なんでだったのかをちょっと振り返る。

※個人的な感想ブログなので、ネタバレをたくさんします。

 

法律はなまもののメカニズム

なんとなく法律の分野の話ってそんなに面白く感じていなくて、避けて通ってきた節がある。オフィスワークの中で一番お硬い仕事ぐらいの印象ですらあった。

ところがこのドラマを通して法律の扱われ方を知って、「あ、思ったより法律ってクリエイティブで面白いんだな」と思わされた。

弁護やら裁判は、ヒアリングをして、適しそうな法律を漁って、似たような判例を掘り下げて、Wordでたくさん文書を作って論理を作る、、、、というようなお仕事のイメージが強かった。

なのでまあAIに奪われるお仕事ランキングで上位に入るだとか、関わる人がみんなカタブツだとか、そういう感じ方に自然と寄っていくのも無理はない。

 

ところが(もちろんそういうところもあるけれど)、このドラマでの弁護士の仕事ぶりはそれだけにとどまらず、机上にはない多種多様な事象の上に成り立つものだと感じた。

法廷で証人喚問されて、質問がいやなことだったらそりゃ汗もかく。目を背ける。場合によっては手を掻いたりとか、ストレスのサインを示す人もいる。

地域に幹線道路を通すとしたときに、阻害されるのは地域の交通だけではない。景観が大きく変わることがいかに人々の精神性に影響するかも重要である。

主人公をはじめ弁護士の人たちの一団は、そうした人の機微も重要な証拠物として、議論で取り扱う。

 

何も「足を運んでその目で見ろ」とか「事件は会議室で起きてるんじゃない」と言っているのではなくて、そういう曖昧な事象の一つひとつを、「法廷」という会議室でも十分審議可能なレベルまで落とし込んで取り扱うんだ、ということを強く思った。

現場で起こった一つひとつの物事に対してその構造を論理で明らかにしていく作業。

プログラムはコードに書き起こせないものは取り扱えるが、言葉と論理はどんなものでも取り扱えてしまう。

取り扱えてしまうからこそ、それらを構造立てて法律のメカニズムに落とし込む人々はすごいな、と思った。

 

弁護士が全話解説してるブログがあってびっくりした

 

しゃかりきにはたらく天才を、周囲の人はどう支えているのか

そしてその中でも、主人公のウヨンウ弁護士は、眼の前の事象を法律の文脈にどう落とし込んでいくか、ずっと夢中になってやり込んでいる。「しゃかりきになってやっている」という表現がピッタリ合う気がした。

更に彼女は天才である。周囲の人たちの問いかけに、時折ChatGPTのように精緻に判例を出しながら回答をしていくシーンがあるが、彼女の脳内では絶えず、目に入った物事が法律と照らされ解釈され続けている感じがした。

夢中になって答えを量産し続ける天才に対して、周囲の人たちがついていけない、なんてことはよくある。「ダイヤモンドの功罪」はその点をよく描いた作品だと聞いているし(未読だけど)、デスノート夜神月は苦悩した天才で、だからこそ極端な思想にたいていの人がついていけないし出し抜かれるしで、最終的にはLとその後継者とだけ渡り合い続ける(そして最後天才ではない魅上に足を引っ張られて敗ける。)。ソーシャルネットワークもそんな話だった気がする。

 

その分、開花する天才を周囲の人たちが「良いぞもっとやれ」と支え導くドラマには爽快感がある。

alu.jp

ピッチで答えを出したアシトの様子と要求に、口パクで監督が気づくシーン。

覚醒を悟った監督が次のシーンで「行け」と指示する。そもそもアシトを拾ったのは監督だし、急成長したアシトに全員が賭け始めるここからの流れがだいすき。

 

このドラマでは、周囲の人たちがそんなウヨンウ弁護士をみんなが必死に支えてくれる。

ウヨンウ弁護士のミスそのものではなく、どういう背景でその事象がおきたのかを丁寧に聴き込んで、しっかり需要と指導をしてくれる上司弁護士は最高の上司だと思うし、同じ事件を取り扱う同期弁護士も、振り回されながらも解決のためならばと必死に力を貸してくれる。

アシスタントの人の車送迎のシーンも毎回大好きで、彼がいることによってウヨンウ弁護士の考えが整理されていく。最高の聞き手である。

 

天才であることは何よりも本人が掴み取った成果であるが、天才の成果を最大化するのは、そこに集まる人たちの努力もすごく大きい。

そしてそれが噛み合うシーンは、とても爽快感に溢れていて好きなんだと学んだ。

 

生まれの呪いをどう乗り越えるか

これも好きなテーマなんだと思った。

障害があることそのものではなく、両親の置かれた環境や社会環境で、ウヨンウは母親をはじめとする人たちにどんどん苦しめられていく。

そして終盤は異母兄弟も絡んで、母との代理戦争の様子を見せていく。

 

生まれた環境や本人のあり方によって背負った呪いのようなものは、たくさんの人が大なり小なり持っているものだと思う。僕も自分でどうしようもない、生まれつき当たり前に周囲にあるものを乗り越えることができなくて、それを呪いだと思ってたくさん泣いたことがある。し、なんなら今もそうだ。

 

でもその呪いに丁寧に向き合った人にこそ呪いを超えた喜びがあるのだとも思っていて、最後らへんの展開はとてもそれを感じさせてくれるものだったように思う。

自閉症スペクトラムという、国も違ってより扱い方にどこまで言及したらいいかわからない問題だけれど、僕個人はとても晴れやかな気持ちで、このドラマ内で楽しむことができたと思う。

 

 

お隣の国のOLのドラマなのに、少年漫画みを感じることができた

ここまで書いててなんだけど、このドラマに僕は少年漫画みを強く感じていたから好きだった気もする。

法律という武器で日常の現象を説明して、バトルする様子はなんか呪術廻戦っぽかったし、天才の扱われ方はアオアシっぽかった。

生まれの呪いの話はヒロアカっぽかったし、要素を集めるとずいぶん少年漫画らしいラインナップだった気もする。

 

こうやって抽象化して親しいものと似た楽しみかたをできるようになったのは大人になったということなんだろうか?とにかくこのドラマはとてもおもしろかったです。

 

知らないうちに編集部に取り上げてもらっていた!わぁい

 

「主人公が極端な凝り性をやっている漫画」がすき

人生は短いので、一度きりの自分の人生の中で「何かに凝る」ことはそうはできない。

だし、ほとんどの人は何かに凝っている暇も精神力もないので、凝ると何が起こるのか、は体験できずに一生を終える可能性のほうが高い。

 

何かに熱中する、と言ったらとても美しい言い方だが、そういう人の思想や頭の動きを追体験するとなると、それは「凝っているなあ」という感想になるんじゃないかなぁ、と思いながら、凝っている主人公の漫画を読むことが多いような気がする。

たくさんのインプットと強烈な集中が合わさると、凝りになる。

凝るぐらいたくさんの情報が集まると、どの分野でもとてもたのしい。

 

カテナチオ

アオアシでもまだちょっと超能力漫画感あるな~と思ったら、カテナチオの出番だった。

サッカーでの勝利とプロになることに異常に執心している男が、人生をかけてセンターバックをやる話。

 

今でこそ冨安とかがいて「ディフェンダーも頭使う世界なんだな~」ということが広く知られるようになったが、カテナチオでは頭使うの比ではない。

 

「最初の練習までに味方のプレー動画ネットに落ちてるもの全部見る」
「プレー中に手足は当然引っ張る」
「チームの人間関係を探るために単身寮に突撃する」
「意思疎通できるように言語は当然覚える」

ここまでやってやっとスタートラインである。

 

無論これらはスタートラインに立ってからもずっとずっと継続である。

 

実際こういうものなのか?はさておいて、やってもやっても何も成就しないなんてことも当然ある、でもできることは全部やる。

やることやったら最低限の結果が出る、なんてことがない厳しい世界が世の中にはたくさんあって、それでもようやるわ、と大半の人は指を咥えて見守ることしかできない。

 

 

あと当然ながら、「センターバックってこんなにやること多いんだ、、、」と気づくこともできる。ラインコントロール、エアバトル、リズムの確認、縦パスをつけるタイミング探し。いつの世も攻められるほうがたいへんだ、、、

 

 

 

 

映像研には手を出すな!

凝っている主人公、と言えばこの漫画である。

 

主人公の浅草さんがアニメーションに強烈に凝り性なのはもちろんのこと、アニメ以外に対する凝り方も尋常ではない。

タヌキについて詳しかったり、戦車について構造に至るまで知っていたり。

まんま作者の大童先生の生態なんだろうな~と思うが、凝ってる人って本業以外の趣味とかでも本当に凝っているものが多い。時間の使い方どうなってるんだろうか。

 

そんな感じの凝り性たちがたくさん集まってがんばる。お金の凝り性、作画の凝り性、学校政治の凝り性など。

こういう、凝った人たちがたくさん集まって一つのものをやるのならば、それはそれは高い成果が出て当たり前だろうな、居心地のいい世界だろうな、と思わされる。

現実にはこういう場所ってあるんだろうか。どうすればいけるんだろうか。

 

めしにしましょう

実在する凝り性の方の実在する料理の漫画である。から空恐ろしい。

「デカい肉を低温調理したいから肉を湯船に突っ込んだ」

コンソメの旨味を極限まで出したいからコンソメを使って更にコンソメをもう一度作った」

「鱧が切りにくいからメスを使って捌く」

などの料理人漫画やブログでも(どちらかというと社会通念的に)見られるかわからない調理法の数々が試行錯誤の末実践されており意味不明な気持ちになれてしまう。

いくところまで行くと意味不明だが、順序建てて読むとしっかり理由が通っているのが凝りきった証拠だと思う。。。

 

 

下北沢バックヤードストーリー

どちらかというと「凝り性の末路」の話。

古着を本当に好きな古着屋の店長さんが、同棲相手の女の人を怒らせちゃって、その理由を辿っていく話。

 

凝ってる部分がすごい、という話というよりは、「俺はコレに凝って生きていくんだい」ときめてやっていっているその道中って、そんな自分を成り立たせるためにいろんな矛盾に気づいて、ときに見ないふりしたりときに迎合しちゃったり、ということが一つひとつかさなっていくよなあ、、、と読んでてしみじみした。

 

 

 

漫画のまとめ記事なんてもの書いてる時点で僕はあんまり凝り性になれていない気もするが、漫画を通していろんな凝りを体験できて楽しい気がする。

ちなみに実在する人物の中で一番凝り性だと思う人物は「ホモサピ」さんです。

youtu.be

野食系YouTuberの人ってみんな限界突破レベルの知識量だよなあ、、、

【勉強した】ITストラテジストを受けてみたら、プロジェクトをちゃんと進める大事さがわかった【しっかり落ちた】

この春にIPAITストラテジストを受けた。

他に持ってる資格は応用情報技術者だけなので、高度試験の中でも割とジャンプアップした内容で受けたことになる。

というか職務経験上他の高度試験がほぼ無理である。やるとしたらサービスマネージャーとかはありだったが、どうせなら一番かっこいいやつ、ということでITストラテジストを受けたカッコつけやろうは僕です。

 

結果から言うと落ちた。

割と自信のあった午後Ⅰで落ちたので、結構悔いの残る結果である。

こういうときって自信のある内容で点が取れてないのって勉強不足の証なんだよな、、、

 

 

ITストラテジストってなに

高度IT人材として確立した専門分野をもち、企業の経営戦略に基づいて、ビジネスモデルや企業活動における特定のプロセスについて、情報技術(IT)を活用して事業を改革・高度化・最適化するための基本戦略を策定・提案・推進する者。

ITストラテジスト試験 | 試験情報 | IPA 独立行政法人 情報処理推進機構

らしい。

 

 

今は事業会社の中でワークフローの自動化とかソリューション選定、半期単位での施策推進などをやっていて、ほぼ独立全部やる部隊みたいな立ち位置なので多職種、しかも意思決定者と話すことがまあまあ多い。

レベルの高低は別として話す内容は抽象度が高い話が自然と多くなるので、「具体的には、こういう施策をこういうソリューションでこういうふうに実行することを提案することを勧めます、なぜならば」という切り口で話すことが求められる立場としては、具体-抽象をぐいんとブリッジできる人になるのにITストラテジストを受けてみるのはいい選択だった。

 

 

落ちたけど勉強として良かった

落ちといてなんだが、勉強して本当によかった。

仕事に好影響が出たと感じる。

プロジェクトマネジメントのフレームが総ざらいできる

プロジェクトの進め方について一言一句を復習するいい機会になった。

プロジェクトマネジメントやら開発マネジメントのフレームってインプットこそ勧められるがアウトプットを形式ばって求められないと思っていて(それこそ型のしっかりしたコンサルとかなら別だが)、我流だか亜流だかのプロジェクト推進になりがちな事業会社の人間にはありがたい機会になった。

自分の仕事の価値をしっかり棚卸しできる

午後Ⅱで自分が進めたプロジェクトについて論述することを求められるが、これが自分の経験を棚卸しするいい機会だった。

設問ア
あなたが携わった個別システム化計画におけるシステムリスク対応方針の立案において、対象としたサービスと個別システムの概要を、事業特性とともに 800 字以内で述べよ。

設問イ
設問アで述べた個別システムにおいて、あなたはどのようなシステムリスク対応方針を立案したか。想定したインシデントとインパクトを明らかにし、立案に当たり工夫した点とともに、800 字以上 1,600 字以内で具体的に述べよ。

設問ウ
設問イで述べたシステムリスク対応方針について、あなたは事業部門と経営層にどのような提案を行い、承認を得たか。事業部門と経営層から指摘を受けて改善したこととともに、600 字以上 1,200 字以内で具体的に述べよ。

昨年の過去問より

 

というように、

・環境とともに背景を説明し

・打ち立てた解決策を提示し

・受けたフィードバック(経営・事業から見て足りなかったところ)を明記する

という3段構成になっている。

これを具体的に論ずることを通して、自分のプロジェクトが結局何で、どういう課題に立ち向かう、どういう新規性のあるもので、客観的に見るとどういうものだったのかを論述を通して整理できた。まさか仕事の棚卸しを資格を通じてやるとは思わなんだ。

 

結果、ITストラテジスト「らしい」仕事の進め方をできるようになった。

自分でも「おー、やってよかったな」と思ったのが、ITストラテジスト「らしい」仕事の進め方をするようになったことである。

プロジェクト開始時点のドキュメントに「なぜならば」を経営に必要そうなところにからめて書くようになったし、MTG中も「なぜならば」に着目して論を組み立てることが増えてきた。

そうすることによって他部署の納得感も変わってきたし、仕事を通じた自分の価値を能動的に理解することにもつながった。

また、先達の少ない環境だからこそ、基本に忠実なプロジェクト運びもするようになった。

内心小バカにしていたプロジェクト憲章をズレのないように意味のあるものとして記述するようになったし、「コレ第三者が見たときにわからないのリスクなので、システム開発じゃないですが要件定義~詳細設計までやっちゃいましょう」と自分で提案したときにはちょっとびっくりした。

でも基本を守ってある程度外部から観測可能な様式のドキュメントが作られることで、困ったときの相談を外部に求めやすいし、穴も見つけやすい。

答えのない仕事をありがたがる風潮は根強いが、解き方までフリーダムにする必要はないと思わされた。

 

 

結論、師がいない立場でDX推進するポジションの人に広くお勧めできる試験だと思った。

来年チャレンジするかは未定。といいつつ今やる気なかったら受けない気もする。

 

 

どんぐらいどうやって勉強してたか

本筋と関係ないけど備忘として。

12月から始めて、4月中旬の受験日までやった。

通常2年かかるらしいので、かなりナメたスタートではある。

午前Ⅱ:午後Ⅰ:午後Ⅱ=1:1:3ぐらいの割合で、週末6時間+平日3時間ぐらいでやっていた気がする。してなかったかも。まあいいや落ちたし。

午前

午前Ⅰは応用情報取った免除が残ってたので免除。

午後Ⅱはスマホで過去問やりつつ、テキストの知識インプットの章をひたすら暗記した。

セキュリティとプロジェクトマネジメントは実務でもやってたのでまだいけたが、ファイナンシャルあたりはすべて勘である。ギリ受かってたしそういう意味ではいけた。

午後

午後Ⅰはコレを全部やった。自己採点が今考えると甘かったかもしれない。

文章題の引用箇所をまるっきり外すみたいなポカも大問により1つぐらいやっていた。

 

午後Ⅱはコレをやりながら軸となるエピソードを3つぐらい作った。結果2つ使えたので良かったが、今考えると知るよしもない。

iPadApple Pencilで原稿用紙のPDFを落とし、goodnoteに手書きした。でも本番の紙とシャーペンの負担は想像を絶するもので、筋肉痛を2日引きずったから紙とシャーペンで通し1回ぐらいは解いておくべきだったかもしれない。完答したことはちょっとだけ自信になった。